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対談:田口ランディ×キム・スンヨン

 

 

『雲南colorfree』に見る女性社会の実態について。

 

2007年8月31日 品川 原美術館のカフェにて

田口ランディさんとキム・スンヨンの対談。

田口さんは友達が作ってくれたという青い絹を織り込んだ宮古上布の着物を着て登場。

キム・スンヨンはフリーチベットをモチーフにしたブランド〝NIMA〟のカーキ色の麻素材のデザイン7分袖シャツにブルージーンズ。

 

 

 

対談開始

 

キム

雲南COLORFREEどうでした?

田口

良かったよ。あれ最初に見たらやっぱりドキドキするよね。旅行したいって気持ちになるよ。

キム

なりますよね。僕もチベットチベットは別に見たいと思いませんけど、雲南カラフリーは何回も見たいと思います。

田口

フフフフ、あれ何年前に最初に行ったんでしたっけ?

キム

最初に行ったのは2001年の春です。チベットチベットが完成したばかりで、売れだしたらもう中国には入れないと思ってサラ金に30万円借りて行ってきました。

田口

30万で行って帰ってこれるの?

キム

楽勝ですよ。

田口

楽勝!?

キム

楽勝です。カメラとかも買って行きました。昆明までの往復航空券は5,6万円でしたよ。

田口

なんで最初に雲南省に行こうと思ったの?

キム

チベットチベットの編集者も旅が好きで彼が写真を見せてくれたんです。今にして思えば赤い帽子のヤオ族の写真でした。サイケデリックな刺繍がいっぱい入ったパンツをはいてて、「すごいなこれ、どこの国?何の祭り?」と聞いたら、「これは雲南省の少数民族で祭りの衣装じゃないよ。これが普段着のおしゃれなんやで」と聞かされてびっくりしました。どこの国でもタンスの中には素晴らしい民族衣装があるけど、今現在着ているなんて信じられない。もしほんとならカレンダーやテレビなんかで既に知っているはずだと思ったんです。なぜみんなの目に触れてないんだろう?チベットチベットの次にはこんなんがいい!って直観的に思って行くことにしたんです。写真は2枚しかなくて他にも民族がいることも知らなかったです。

田口

へえ、実際に行ってみたら?

キム

まず省都の昆明に着きました。昆明は大都会なんですけどそこから夜行バスに乗って真南に10時間、朝6時に元陽という街に着きました。バス停を降りると小雨が降ってて朝もやの中にハニ族の民族衣装を着た人が市場の用意をしているのが幻想的でした。ほんまにいるんや~って、勿論リアルな生活しているわけだから、パッと見ただけでリアルさが伝わってくるんですよ。それがこそばゆいっていうか、自分がそこにいることに違和感を感じてまるで銀河鉄道999に乗って異星にでも降り立った感覚でした。

田口

あの格好で畑仕事してたのを見たわけね。

キム

はい、彼らはできたばかりのきれいな服は週に一回の青空市場に着ていくためのおしゃれ着にして、今まで着ていたものを普段着や畑仕事に格下げしていくんです。新しいのと、普通のと、着古したのと3つぐらい持ってます。ランディさんは何族が好きでした?

田口

うーーん・・・

キム

何族の服を着てみたいと思いましたか?

田口

どれも着たいとは思わなかったなぁ。

キム

その理由は?

田口

自分の持っている美意識とは別だと思ったからかな。見てるのはいいんだけど着たいとは思わなかったわ。

キム

その感覚はわかるなあ。

田口

向こうも着物なんか着たくないと思うよ。やっぱりあれは所属的アイデンティティだから、民族じゃない私がそれを纏いたいという気にはならなかったなあ。私が雲南省に住んだり、そこの民族の一員になりたければ着ると思うけど。

キム

雲南省の男性ともし結婚したら

田口

そうそう、そしたら着るかな、着たら結構楽しいだろうな。私もハニ族になった!って(笑)

キム

普段レゲエを聞くわけでもないのに他人から「レゲエファッションが似合うんじゃない?」って言われるみたいな違和感(笑)

田口

そうそう(笑)

キム

例えばハニ族の男性とミャオ族の女性が恋に落ちて結婚したら、ミャオ族の女性はその日からハニ族の服を着るんですよ。で、子供が生まれて親に見せるために里帰りしたらその時はミャオ族の服を着るんです。その辺は結構楽に考えてるみたいでしたね。

田口

女の人は融通が利くからいいよね。映像を見て何より思ったのが、ここの女の人は幸せそうだなっていうことだったの。

キム

雲南の女性は輝いてますね。

田口

女性が幸せな社会っていうのは平和な社会が多いわね。ここは無くなってほしくないなってすごく思った。それに引き換え男はどうでもいい格好してたわね(笑)

キム

雲南の男はどうしょうもなかったです(笑)

田口

男は何考えて暮らしてるの?

キム

男が輝ける職業はバスとかタクシーとかトラックとか車を運転するのしかないんですよ。ガソリンスタンドの給油をするのも民族衣装を着た女性だったりするんです。雲南は昔から女の人の実権が強くって、女にできない事のみ男にさせるっていう考え方をするところなんですよ。

田口

へぇ~。

キム

男が全然働かないものだから初めは男尊女卑なのかなぁ?って思いましたが、明らかに女の人が偉そうなんですよ。雲南には25の少数民族がいますがその中にモソ族っていうのがいるんです。そこは地球最後の母系社会って呼ばれてるところなんですが結婚しない通い婚制度なんです。女性と話をすると「私は今までに三十人の恋人がいました、とか百人の恋人がいました」とか言うんです。

田口

いいなあ~。私もそこに生まれ変わりたい!

キム

女の人は実家に住んでいて、夜中に男が訪ねてくるんです。お目当ての女性の部屋をそっとノックして「僕だけど、来たよ」って言うんです。
「今日はダメ」って言われたら帰らないといけない。「いいわよ」って言われたら中に入れてもらえるんです。だけど夜明け前には帰らないといけないんです。

田口

おおー!(喜)ずっといちゃいけないんだ。

キム

ずっといたらそこのお母さんに怒られるんです。

田口

ふ~ん

キム

お母さんは実年ぐらいの歳なので着ている服も威厳があるんです。ダブルのスーツみたいな感じで一族の長としての自覚があって服にもそれが反映されてるんです。男の人は家でぶらぶらしてて偉い女の人に「エンドウ豆の両端切っとけ」とか「モヤシの根っこ切っとけ」とか言われるんです。

田口

男的にはそういう状況をどう思っているの?

キム

男的には「夜這いは楽しいですよ、みんなかわいいし」っていうのが大概の意見らしいですよ。

田口

そりゃそうでしょ(笑)

キム

だけど男は仕事に燃えないと輝けないですね、雲南を見てからそう思いました。

田口

じゃあキム君の目にはそこの男は輝いてなく見えるわけね。

キム

そうですね。例えば教員とかだったら輝こうと思ったら輝けると思うんですが、社会全体がそうだから一人輝くには相当な自覚と努力が必要になってくると思うんです。普通に生きてる男の人で格好いいなと思える人は見なかったですね。

田口

格好いいなっていうのは、やるなあ!こいつみたいなこと?

キム

はい。僕は今沖縄に住んでますが、たまに東京に出てきたらサラリーマンにも颯爽とした雰囲気の男性を見かけます。武将のような、武力がいいとは思いませんが命をかけて仕事をしているような顔つきの男性も多いです。雲南に行くとその辺ナヨナヨって感じです。

田口

ナヨナヨの男かあ・・・。

キム

雲南は母系社会なものだから子供をいつまでもネコかわいがりするようなところがあります。日本だったら6歳ぐらいになったらおんぶとかしないでしょ。でも雲南では子供がかわいいからってお母さんがいつまでもおんぶしてるんですよ。6歳ぐらいの少年が「お母さんおんぶー!」って言ってるの見たら腹立ってくるんですよ。ああやって育った男が強くなる気がしなかったですね。

田口

ふぅーーん、ふふふ・・・。

キム

ある日きれいな衣装を着こなしてる若い女の子を撮影してたらその子が嫌がったんです。僕としては悪気はなかったと示したかったから、お詫びにポラロイドカメラで撮影して差し上げよう、と思って近づいて行ったんです。すると女の子はまた撮影されるのかと思って「嫌ぁ!」みたいに後ずさったんです。僕は「違うねん違うねん、これあげようと思って」とさらに近づいたんです。するとその子の男友達がやって来て目を真っ赤にして「イヤや言うとるやんけ!」みたいなこと言い捨てて女の子の肩を抱いて行っちゃったんです。あれは相当ドキドキしとったんだろうと思いました。

田口

アハハハハハ、それでも勇気ある方なんだろうね。俺は救った!みたいな。

キム

あと男の役目は冠婚葬祭の仕切りですね。

田口

なるほどー。

キム

それ以外は農繁期の時にその時だけ気合い入れて朝から酒を煽ってウォリャー!って働いて、夕方にはどたーって疲れ果てて今日は飲めー!みたいに盛り上がります。そんな時には働いてくれますが普段やらなくてはいけないことは全部女の人がやるんです。

田口

住みたい?

キム

いやー、男がああも輝けないのはちょっとなあ、と思いましたよ。

田口

そっかー。

キム

あの地で男として生まれ育ったら平和で、働かなくてもよくて、女の人はきれいで頼りがいがあって自由恋愛、食べ物はおいしくて、おまけに常春だし。

田口

いいとこだなー雲南。

キム

もし次に生まれ変わるとして、日本以外だったらどうですか?

田口

女だったら雲南省けっこういいかもね。みんなパリコレみたいに颯爽と歩いてるんだもん。どうしたの?って思うくらいに。

キム

おしゃれにたいする意識は高いですよね。

田口

高いねー。ただおしゃれって言ってもいわゆる私たちが考えてるようなおしゃれとはちょっと違う感覚なんじゃないかな。民族衣裳って着物と一緒でワンスタイルだと思うの。着物を着る人ならわかると思うんだけどワンスタイルの中で微妙な細かいところにこだわって工夫をしていくのね。その楽しみっていうのはあると思うの。

キム

なるほど。

田口

例えばどうして私が着物を着ちゃうかっていうと、まず着物じゃないものに関して言うとあまりにも選択肢が多すぎると思うの。流行ってさいわゆる60年代70年代80年代90年代と来て、パターンとしては全てが出尽くした感があると思うの。肩パットも飛び出てるのとか。

キム

そんな時代もありましたね。ロングスカート全盛の時代もありましたし。

田口

信じられないようなことも出尽くして全部ありになった訳よ。だからどれを選んでもいいんだけど、そうすると選択肢の多さに疲れるのよ。それに毎年の流行っていうのがあって、それに乗るのも疲れるのよ。自分を主張するのも疲れるのよ。

キム

僕は男だし服にはあまり頓着せずに生きてきたけど、それでも流行にかけ離れた服を着ている感覚はなんか嫌なものでした。

田口

流行じゃないものを着ている感覚は嫌じゃないんだけど、流行なものしか店に出回らなくなるの。今年買おうとすると去年のものと組み合わせられなかったりするのよ。

キム

そりゃ問題ですね。

田口

着物はデザイン的にはワンスタイルだからこのパターンしかないのよ。あとは色と柄の微妙な組み合わせを変えていくだけなのよ。

キム

色のバランスを考えながら着物と帯を選ぶんですね。

田口

そう、それだと延延とやれるわけ。着物は3代着れるって言うけど、確かに私は母の着物も着てるし、うちの娘も私の母のを着ることもできるの。またその時には微妙な組み合わせを変えて楽しむことができる。勿論流行っていうのもあるんだけどそれほど左右されない。微妙な変化つけることに喜びを見出せるようになってくるのよ。

キム

民族化してくるんですね(笑)

田口

そう、民族衣装化していくのよ(笑)そこでちまちまと自分にしかわからないようなこだわり方をしていくことに、逆に自分をアイデンティファイするようなところもあるのよ。

キム

へぇ~、これこうなのよねーって感じですか?

田口

そうそう、他の人がわかんなくてもいいの。今日の私はこうなんだからで。

キム

それぐらい自分の世界に思えるんだぁ。

田口

逆にそれを着物以外の服でやろうとするとものすごく強い自己主張になっちゃうのよ。私はそれほど自分を主張したいとは思わない。まあ今の時代、着物着てるだけで十分自己主張なんだけどね(笑)

キム

アハハハハ。

田口

多分雲南の女の人たちは日々細かい自己主張を楽しんでいて、大枠ではライフスタイルも含めて一つの守られたスタイルの中に安心していると思うの。その中で自分なりのささやかだからこそ強力な自己主張をしてると思うの。そう言うことをして生きてるからこんなにも元気なんじゃないかな。

キム

そうですね。あんまり奇抜なことをやりはじめても周りのみんなは真似しないんですよ。ちょっといいなって思うくらいだったら私もそれやってみようかしらって思うようになって、周りも同じことをやりだして流行に発展するみたいですね。

田口

じゃあ逆にあの民族衣装が取っ払われたとしてオールオッケーになった時には非常に毎日が不安になると思う。

キム

なるほど。今既に民族衣装着用率が年々低くなってきてます。大体の人は民族衣装と普通の服を持ってるんですが民族衣装を着てない日はぱっと見何民族かわからないわけですからね。

田口

今のところは民族衣装と普通の服の両方を楽しめる時期だろうから刺激になっていいだろうね。でもある時期から民族衣装が完全に廃れちゃってひと世代前のお母さんたちは着てたけど私たちは着ていないとなった時、お母さんたちが持っていた安定感を持つことができない。

キム

そうか。

田口

もっと不安定な自己をやりくりしながら自分を主張していかなくてはいけないしんどいところに立つと思うんだよね。

キム

制服自由の学校では子供が服にものすごいお金をかけるらしいですよ。なめられたくないものだからピアスしたりタトゥー入れたり。

田口

規制がないのはいいんだけど、規制があることの楽しさっていうのもあって、それは自由って何かっていう根本的な問題になっちゃう。何にも規制されないことが自由かっていうとすごく戸惑うよね。

キム

そうですね。野生の状態は落ち着かないでしょうね。

田口

どう生きていいのか分からなくなっちゃうかも。

キム

規制の中での自由の方が楽しみやすい気がしますね。

田口

ささやかな幸せを得やすいよね。その方が洗練されていきやすいよ。だってちっちゃなところに向かってずっと研究を続けるわけだから。

キム

常に完璧を目指してね。ヤオ族みたいに四角い頭で黒ずくめなんだけど胸にだけピンクを効かせるような発展をするんでしょうね。

田口

多分ね。毎年毎年違う流行を追ってたら洗練はされていかないと思うよ。ひとつのスタイルの中で長年かけてちまちま改良を加えていってだんだん洗練されていくのだと思う。

キム

流行に敏感に服を変えるのはテレビのチャンネルをパチパチ変えるみたいなものなんでしょうね。

田口

流行の服って洗練されないと思う代表に、ムームーみたいなのを着てその下にジーンズを穿くようなウエストが上にあるやつ、あれはどんな人が着てもデブに見えちゃうのよ私には。ちょっと小太りな人が着るとさらにデブに見えちゃうって考えないのかなと思うけど店に行くとあれしか売ってないこともある。あのスタイルで洗練を目指すのも変な話に思えるよ(笑)

キム

アハハハハ。洗練といえば女子高生の制服って洗練されたと思いませんか?

田口

女子高生?あ、格好いいよね。

キム

だんだんスカートが短くなってルーズソックス穿いて、薄っぺらい鞄持ってじゃらじゃら付けてるの。携帯電話っていうアイテムもキラキラじゃらじゃらして独自の世界観を発展させてる、あれは洗練だと思うんです。

田口

ルーズソックスは消えたよね。

キム

消えましたね。あれかわいかったのに。

田口

そーお?私は今の方がいいな。汚く見える、実用的じゃないし。

キム

そうっすか(苦笑)アニメみたいで良かったですよ。

田口

あれはアニメそのものだよ。最初に見た時サリーちゃんを思い出したし。

キム

スカート短い路線は健在ですね。

田口

長続きしてるよね。

キム

僕が中学生の頃はロングスカートに黒のストッキングでしたよ。

田口

私もそう、長い世代だよ。長すぎるって注意されてたよ。少しずつ長くしていくんだけど、わたし背が低いから元々長いんだよね(笑)当時は長いの格好いいと思ってたの。

キム

僕も思ってましたよ。今では一人、桜塚やっくんがやってますけどね(笑)

田口

アハハハハ、でも制服的には短い方がかわいいよね。

キム

ねえ。若いし(笑)

田口

若いし(笑)適度な短さだったらやっぱり短い方がいいのではって気がする。やっぱあの短さは洗練なんだね。

キム

だと思うんですけどね。民族衣装の進化に近いのは女子高生の制服だと思いますね。男の人はどこの学校や工場の制服も大して変化しないですからやっぱり女の人の文化なんでしょう。

田口

でもさあ、日本の制服の場合多分に男性の目を意識して作られてると思うから、雲南省の女性の服とは全く違う気もするよね。

キム

そうですね、雲南の衣装は男の目を意識してないですね。友達にデザイナーがいるんだけど彼女は女性用も男性用もどっちも作るんです。でも男性用を作る方が楽しいって言うんです。何で?って聞いたら、「雰囲気出せるし」って言うんです。女性用を作る時はどこかに男に媚びた要素を入れないと成り立ちにくいって言うんです。

田口

そうなのそうなの。そりゃ日本が男性型の社会だからよ。女性のファッションの中に必ず男性の目を意識したところがあって、制服なんてそれがモロに激しく現れるから雲南省の民族衣装とは全く違うなって私は思うよ。

キム

そうですね。

田口

雲南省がいいのは彼女たちが本当に自分たちの好みによって作ってるところよ。

キム

そこに気持ち良さがありますよね。

田口

男なんてどうでもいい!これっぽっちも考えてない(笑)

キム

アハハハハ、体のラインなんて無視したような直角的なラインしてますから。

田口

エロティックとか男を誘うような視点で考えられてない。だからすごいショックを受けたよ。

キム

でも何で彼女たちは男の視線を気にしないんでしょう?

田口

相手にしてないからじゃない(笑)

キム

アハハハハ、でも女性はロマンスを夢見るわけでその相手は男なんだから少しはそういう要素が入ってもおかしくないのに。

田口

やっぱり母系社会では女性の共同体の中での確認事項だからじゃないのかなあ。そこには男の視線的要素は排除されてしまって、女同志のコミュニケーションツールになってるんじゃないかな。男の人に会いに行く時は民族衣装脱いじゃうんじゃない?(笑)

キム

そうかあ(笑)

田口

大体あの衣装着てたらいろいろやり辛いんじゃない。エッチな気持にもならないとか(笑)

キム

雲南省での愛の告白の仕方は口琴を使うんです。ビヨーンビヨーンみたいな音がする楽器。

田口

へえ~、口琴で。

キム

ええ。ある日、口琴を作ってるおじいさんに会ったんです。実は僕日本にいる時から口琴は弾けたんです。おじいさんの目の前で得意気にビヨーンビヨーンふぁ~んふぁ~んビィーンビィーンといつもやるようにミニマルなリズムをつけて鳴らしたんです。するとおじいさんは「何じゃそりゃ?」みたいな顔してるんですよ。

田口

ふんふん

キム

おじさんに弾いてもらうと蚊の鳴くような小さな音なんです。リズムもなくて内緒話してるように聞こえるんです。男女が寄り添いながら小さな音でささやくんです。奥ゆかしいじゃないですか。

田口

どうやるの?

キム

何を言うのかは僕にはわからないです。「お前のこと好きだよ」とか「きれいだね」とか言うと思うんですけど。

田口

聞いて来いよ!せっかく行ったんだから!(笑)

キム

それほど中国語できないんですよ!(笑)

田口

私はそこが知りたいよ!(笑)

キム

あとはね、4、50代の男女が10から20人ぐらい公園に集まって一つの輪になってるんですよ。男女別れて座ってて、歌の歌い合いをやってるんですよ。昔日本にもあった詩の詠み合いみたいなやつです。

田口

ふんふん。

キム

言葉分からんからイメージで言うと、例えば女の人の一人が
「♪そろそろー次の休みには~あなたとーきれいなところへ行きたいわ~」
とか歌うんです。するとパッと思いついた男の人が
「♪その日はーわしは~他の女とデート~」
とか歌い返したりしてどっと笑いが起こるんです。

田口

いいなあ、幸せだなあ(笑) そういう生活は嫌なの?

キム

何かねえ、どこにもやる気をぶつけられる処が無かったんですよ。

田口

何がしたいの?男は?

キム

ねえ、何がしたいんでしょうね。あれで十分じゃないか、と思えなかったんです。最初はこんなとこに住みたいって思ったけどそれは思い込みで、男の人で格好いいと思える人が全然いなくて、何でかな?と思ったら、仕事がないから。

田口

仕事しなくて食って行けたら万万歳じゃない。

キム

それは日本で苦しんでいた時の妄想・幻想だったって雲南を見て思いました。ただ生まれて生きて死ぬだけのように思っちゃいました。

田口

そうだね、私の方がちょっと見落としているとこあんのかもね。そういう風には見えるけど、でもやっぱり男も家庭の中では何かしら担っているとは思うんだけどね。

キム

そうですね。ちょっと話変わりますが、雲南に限らず中国人は「あなたの人生三大福は何ですか?」とよく聞くんですよ。あなたの人生においてラッキーなことを三つ挙げたら何ですか?っていう意味なんですが、代表的に言われてるのがこうです。
一つ、娶るんなら日本人の妻

田口

うーーん?

キム

二つ、住むんならアメリカの家
三つ、食べるなら中華料理

田口

ふんふん

キム

娶るんなら日本人の妻っていうのはね、中国の大河ドラマでは戦争の時日本軍がやってきて家族が離散したりとかそういう話が多いんです。そんな中に日本のシーンもちょっと出てくるんです。悪役の将校が家に帰るとその妻が「お帰りなさいませ」と言いながら服を脱がせてくれるんです。三つ指ついて楚々としていて、三歩下がって影踏まずみたいな女の人が出てくるんですよ。

田口

男尊女卑に憧れてるんだ。

キム

日本から来たと言うと、「日本はいいなあ」って言われるんですよ。中国は男女同権の国なんですが、雲南省は女性社会だからもっとなんですよ。

田口

女の人の方が強くなっちゃうもんね。

キム

住むんならアメリカの家っていうのはドラマでしょうね。僕も子供のころ「奥さまは魔女」とか見てていいなあと思ってましたよ。リビング広くてソファがあって天井も高いし。

田口

いい車乗ってるしね。

キム

食べるんなら中華料理ってのはまさしくそうだなって思います。

田口

ふんふん。

キム

その質問を電気も通ってないミャオ族の村でしてみたんですよ。あなたの人生三大福はなんですか?って。するとこうでした。
一つ、我家好。我が家が幸せであること。
二つ、生産好。農業が豊作であること。
三つ、国家好。中国が発展すること。
ってなるんです。

田口

へえ~。

キム

めちゃくちゃシンプルだなーって言うと、ここらはみんなそうだよって言われました。他の場所でも聞いてみましたがやはり似たような答えでしたね。そういう意味では男性も安定した気持ちを持ってるとは感じましたね。

田口

雲南省に行って自分変わったなぁと思えるところってあるの?

キム

男にとって仕事は重要なんだなあ、と痛感して帰ってきましたね。

田口

そうなのかあ。

キム

それ以外にもありますよ。雲南省に行くまでの僕は美人な女の人しか見てなかったけど、衣裳の世界を知ってからは美人じゃない人でも衣装に工夫をしてる人やアピールしようとしているところを感じ取れるようになりました。恥ずかしい話ですがビッグチェンジなんですよ。

田口

そういう人は結構多いわけ?

キム

多いわけです。衣装を気にしてる人のこだわってるポイントは言ってもいいような気がして、別におべっかじゃないんだから誉めたりするんですよ。すると話がはずむしいろいろ教えてくれるし嬉しいんですよね。

田口

ふーん。例えば日本で雲南省のファッションみたいなのを着てる人って見たことないの?

キム

そんな人いるのかなあ。部分部分ではあるでしょうけど。

田口

日本の中の雲南を探す企画みたいで面白そう。たとえ本人が気付いてなくても雲南っぽい要素を取り入れてる人を見つけるみたいな。

キム

面白そうですね。洋服だらけになってしまうまでの日本には多そうですね。

田口

竹の子族とかみんなでやってたわよ(笑)

キム

今は日本全国でよさこい祭りみたいのやってるじゃないですか家族総出で。みんなで派手な忍者みたいな格好して踊って、ネコのメイクしてニャーみたいに楽しんでるの。

田口

そうそう(笑)

キム

でもやっぱり一番近いなと感じるのはアイヌの衣装じゃないですかね。

田口

そうかな。

キム

グルグルとした渦巻き模様とか、着物とは違うアピールを感じますよ。

田口

確かにまあ頭までばっちりやるからね。アイヌは寒い所だからどうしても地味になっちゃうけどね。

キム

地味なりに、ですね。

田口

元々あの衣装はいつから始まったの?

キム

大昔からではないんですよ。雲南民族博物館の学芸員の方に聞いたんですけど、およそ150年ぐらい前にあの地に銀が出ていっぺんにお金持ちになった時から始まったそうです。手に入れた財産をどうしよう、となった時に、雲南にはチベット族もたくさん住んでいるので彼らの真似をしたところから始まったそうですよ。チベット族は財産を身に纏うという衣装文化を持っていたんです。

田口

財産を身につける?

キム

トルコ石とか珊瑚とかめのうです。財産をどっかに隠すより着てた方が安全と考えられてたみたいです。

田口

安全かなあ(笑)

キム

ねえ、まあでもそこから生まれた文化みたいですよ。

田口

へえ~。とにかくいっぱいつけよう、から始まったのね。

キム

ええ、でもやがて銀は出なくなったんだけど、女の人はおしゃれを手放さなかったんです。

田口

おしゃれは残ったんだ。銀はなくても。

キム

今ではすごいお金のかからない衣装になってますよ。

田口

だんだんね、貧しくなったから。最後はどうするの?ボロボロになっても着てるの?

キム

かなりボロいのを着てる人もいましたけどね。

田口

親から子へ受け継いだりはしないの?

キム

それはないと思いますよ。お母さんそれ古い!と言われて終わりじゃないですか。

田口

古い!って(笑)やだーそれ、私は私!みたいな(笑) 衣装は必ず自分で作るの?

キム

昔はそうだったようですが、最近ではフォーマットのような服が市場に売っていて、それに自分で刺繍したり、ビーズつけたりリボンを縫いつけたりというパターンが増えてきたみたいです。

田口

レディ・メイドを買ってそこから自分で工夫するんだ。

キム

一から全部作る人もいっぱいいますけどね。

田口

だんだん自分で作らなくなりそうだね。

キム

買った方が手っ取り早いって時代になるかも知れないですね。

田口

そうねー。

キム

撮影は2001年と2004年の2回行ってるんですが、その理由は流行の変遷を見たかったからなんですよ。3年経って見に行ったんですがそんなには変遷してませんでした。例えばヤオ族だったら2001年は頭に巻いたピンクの糸が3年経ったらビーズで3本ぐらい垂れてたとか、イ族だったら手首の周りだけだった刺繍の面積が肘まで伸びてたとか。

田口

そりゃすごい変化だよ、着物で考えたら。例えば私はこれを帯締めって言うんだけど、ぴっちりと一本締めにするよりは少しずらして、しかも左右をアンシンメトリーにするのが私的にはすごく好きなわけ。でもちょっと年輩の方が見ると真一文字に直されちゃうの。

キム

これが正しいのよ、みたいに言われるわけだ。

田口

そう、その方がすっきり見えるって言われるんだけど、私はすっきりが堅苦しくて嫌だからずらしてるの(笑)

キム

わざとくずしを入れてるのに。

田口

私にとってはすっごい大きな違いで、そういう些細な所にこだわりがあるのよ。

キム

そう言えば僕は高校の制服はブレザーだったんだけど、結び目をやたらと小さくするのが流行ったんですよ。そしたらやっぱり先生にちゃんと巻けって怒られましたよ。

田口

そうなの、ワンスタイルになった時ってほんと細かなことにこだわりが生まれるのよね。手首の刺繍が3年で肘まで来るっていうのはそれはすごい変化よ。変だ、おかしい、だらしない、と言われながらそれをはねのけて流行にしていくのよ。

キム

村にはファッションリーダー的存在の女の子がいて、その子がやり始めたキラリと光る新しいセンスは周りの子に驚きと感動を与え、真似し、広まってやがて流行になっていくんですよ。

田口

そういう子はものすごい鼻が高いだろうね。

キム

そうですね、カメラ向けても自信持ってる感じあるもんなぁ。

田口

ああそう。

キム

自分自身に自信があるわけじゃなく、服に関しては認めてもらったっていう嬉しさがあるみたいですね。

田口

映像ではカメラを向けられた人があれだけ堂々としているのはすごいなと思った。

キム

一応ね、タダでは撮らせんぞっていう雰囲気は出すんですよね。カメラを向けられたからといって簡単に喜んでたら女が廃ると言わんかのような反骨精神はみんな持ってるんですよ。

田口

強いなあ。

キム

美しく撮ってくれるんなら撮ってほしい、と思ってるような反応なんですよ。だからこっちもその辺の気持ちを汲んであげて、あまりしつこくならない程度に振舞わなければ嫌がられるんですよ。だから端っこからそーっと撮るよりもある程度堂々として、あの人きれいだなーという感じを出して撮影するとうまくいくんです。「あ、あの人私のこと撮ってる、まあ撮らせてやるか」というぐらいがちょうどいいんですよ。

田口

あの堂々たる撮られっぷりには、やるなあ!と思ったよ。ああゆうの若い子が見ると「おおーっ」と思うんじゃないかな。十代の子に見せた反応とかないの?

キム

まだ無いんですよ。

田口

高校生ぐらいの女の子に見せて何を感じるか感想を聞きたいけどね。

キム

そうですね。

田口

うちの10歳の娘は喜んでたよ、「かわいい!」とか言って。

キム

最後まで見てました?

田口

見てたよ。

キム

男の子は最後まで見てくれないですよ。先日UAが5年生の息子さん連れて遊びに来てくれたんだけど、UAは食い入るように見てましたけど息子さんは最初で飽きちゃって熱帯魚の水槽ばっかり見てましたから。

田口

この作品はどういうジャンルのものになるの?

キム

自分でもわからないんです。

田口

レーベルの方はなんて言ってるの?

キム

音楽担当してくれてるYOSHIMIOを売り出してるわけだから、PV的に捉えてるんじゃないかな。

田口

なるほどね。

キム

僕としては衣装に関する学校でたくさん上映してほしいですね。文化服装学園とかデザイナー専門学校とかで上映してからお話しするような流れがいいと思うんですけど。

田口

文化とか良さそうだよね。

キム

作品では服飾文化を紹介してますが、民族文化まで話を広げてないんです。

田口

ふんふん。

キム

彼らはね同じ地域に違う民族が住んでいても民族間の対立とか全然ないんですよ。違う民族が隣り合えば争いがあるっていう世界の常識が通じないんです。その理由は母系社会だからっていうのもありますが、生活スタイルがほとんど一緒だからだと思うんですよ。

田口

ふんふん。

キム

田んぼやって、鶏豚牛まで自分で育てて、それを市場で売ってっていう生活は何族でも変わらないんですよ。それでも衣装があんなに違うっていうのは、彼らが山岳民族だからだと思うんです。昔はインフラも整ってなくて流通もそんなに広くなかったから、山ごとでコミュニティが分かれていたんだと思うんです。山ごとのコミュニティでユニホームの意識があったんだと思うんです。

田口

ふんふん。

キム

同じハニ族、ヤオ族の中でも衣装が大分違うのは元のコミュニティが別だったからだと思うんですよ。

田口

インド北部のラダックへ行ったときに市場へ行ったらやっぱり少数民族の人たちがたくさんいて、それぞれにきれいな民族衣装を着てたよ。ほんっっとにかわいかった。きれいな色使いでねー。チベット文化圏の色彩感覚は雲南に共通する部分も感じたよ。

キム

チベット人も色使い上手ですよね。

田口

マジックマッシュルームを食べた時に見たサイケデリックな色の世界と近い感じがしたなぁ。

キム

チベットというと茶色・白・黄色・黒とか渋めの配色に紫が入ったりとか。

田口

蛍光ピンクも割と多かったなあ。あれが入るとサイケデリックが強くなるんだよな。

キム

そう言えば僕、蛍光ピンクのチベットの民族衣装買ったなあ。家に持ってますよ。

田口

何でそんなもん買ったの?

キム

かわいかったんですよ。寒い地方だから手を冷やさないための作りで袖が地面に付くくらい長いんです。腕組むようなポーズをした時に袖がハラリとなる、そのハラリ加減が良かったんですよ。

田口

ハラリ加減ね(笑) その衣装が蛍光ピンクなのね。

キム

そうなんです。シルキーに光っててきれいですよ。

田口

蛍光ピンクは何か覚醒がはいってるよね。

キム

ビビッと来ますよね。

田口

かなりね。

キム

あと民族衣装の良さって頭から爪先までトータルコーディネイトじゃないですか。

田口

すごいよね。帽子かぶると違うよね。日本には帽子の文化ないからね。

キム

昔は日本髪だったんでしょうね。

田口

結い上げてかんざしとかいっぱい刺してね。

キム

頭までやってると見応えが増しますね。

田口

頭を作りこんだ上にスカーフまでかぶせた民族もいたよね。

キム

はいはい、あれもスカーフの巻き方に流行があるんですよね。

田口

落ちないのか?あれで作業をしたらやり辛いだろ?って思っちゃうけどあれでいいんだろうね。

キム

いいんでしょうね。イ族の尻あてというか腰飾りも何の役に立つのかわからないですよね。

田口

全く意味をなさないように見えるよね。

キム

やっぱり元は何か理由のあるところから発生したとは思うんですけど。

田口

わっかんないなあ、あれも。なんかかわいいけど。

キム

うん、かわいい。でも実用性があるのかなあ。

田口

靴は何はいてるの?

キム

ハイヒールとサンダルですね。

田口

農作業する時は何はいてるの?

キム

かかとにベルトを渡した脱げにくいサンダルで、中国製の安いやつです。昔は靴も作ってたんだけど、手作りの靴は作るのが大変な上に耐久性が弱かったんだと思います。

田口

あと意外だったのが動物をモチーフにしたようなのがないよね。パッと見てああこれは鳥だな、とか思わせる要素がなかった。

キム

宗教に由来してるような要素もなかった。

田口

全く感じないね、もう純粋にファッションなんだよね。

キム

気持ちいいですよ、その心意気が。

田口

誰がはじめてどうなって変化したか知りたいよ。

キム

ドラえもんの道具か何かで時間を追って逆算して見たいですよ。

田口

今はこの状態だっていうのしかわからないけど、何もないところから生まれないだろうからどの時点でどう変わってって、逆回しして爆発していく過程を見たいよね。

キム

見たいです。

田口

およそ何年くらい前から始まったって?

キム

150年前ぐらいです。

田口

それ以前はどんなの着てたの?

キム

白とか生成りとかグレーとか、用を足せればいい服しか着てなかったんですって。

田口

へえ~~っ。

キム

一回お金持ちになってスイッチ入っちゃうんですからすごいです。

田口

すごいな!お金って(笑)

キム

ある意味バブルですよ。でも自然なことなんでしょうね。

田口

私たちバブル以降何か持ってるかな?ファッション的にバブルの落し子みたいなものって。

キム

パッとは出てこないですね。

田口

あの時代のものが今でも残ってるってなにかあるのかな?

キム

外国料理屋は多くなったんじゃないですか?オシャレにイタ飯なんていいながら食べてたけど、今じゃ根付いた感じありませんか。

田口

ああ、なるほど、食文化だ。確かにそれはあるかも知れない。ファッション的にはあまりなかったね。

キム

日本はそうですね。

終わり。

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